(長編)リセット

リセット(34)

 ←リセット(33) →リセット(35)
「月……ですか?」

ブチは黙って指をシフトした。

「あれ?」

シフトされた指の先にも月が一つ。

月が二つ? いや、こっちの月は形がはっきりしている。比べてみると分かる。はじめに見たのは月じゃない。

「逃げ水は知っているかい?」

「夏に道路が濡れているように見えるあれかな」

パパの答えにブチは頷いた。

「あの現象は、地表の空気が夏の暑さで熱せられ膨張して、部分的に屈折率が変わって一種のプリズムと……」

またブチの講義が始まり、自然と皆の視線が下を向いた。

「……うん。つまり、蜃気楼なんだけども、この月も一種の蜃気楼に似た現象じゃないかと思うんだ。そもそも蜃気楼ってものは密度の異なる大気の中で光が……」

ブチは一旦回りの空気を感じ取って話を区切ったが再び熱くなり語り始めた。

蜃気楼の大気よりブチと僕らの大気の密度が変わってる気がする……。

「……つまり、あれは歪みの核のような存在ってことだ。俺の予想ではあそこを潰せば歪みが消えるはずだ」

説明を終えたブチの目はいつになく爛々と輝いていた。

前に現国の先生が、長文は「つまり」の後を見れば言いたいことが分かると言っていた。なので、僕はブチの「つまり」の後だけ集中して聞いた。

「歪みの核? そんなものがあったんだ」

「今までは歪んでいることに気をとられて細部まで注意を払ってなかったわ」

じゃああの核にスプレーをかければいいんだ。手探り状態だった問題に一筋の光が見えた。

「でもどうやってあんな上空までスプレーするんです?」

ブチは姫の取ってきた鉄パイプを手に取った。

「打ち上げるんだ。デルタ」

はい?

「野球の経験があるんだろう?」

「ちょっと待ってください! 野球の経験っていっても小さいときに少しやっただけですぐ辞めましたよ。プロ野球選手でも狙ったところに正確に打ち上げるのは難しいんですよ!?」

「しかし、それ以外に方法がないんだ」

何を言っているんだこの人は。馬鹿なのか? 実は馬鹿なのか?

「運がいいことに二回打てる」

そういってスプレー二本を振ってみせた。

「いやいやいや! 百回打っても無理ですよ!」

「デルタ! 声!」

姫の注意とかぶさるように下から不良の声が聞こえた。

「声がする! この近くだ!」

しまった! 思わず大声で話してしまい気づかれた!

壁に走りより下を覗いてみると数人の不良がこっちを見上げており、目があってしまった。

「この上だ!」

パパは慌てて建物の内階段の扉を開けようとしたが鍵がかかっていて開かない。姫はスパナを持って立ち上がり応戦する態度をみせた。

「姫駄目だ! 人数から見ても手負いのこっちはどのみち勝てない。パパと扉をあけて下に降りるんだ!」

不良たちが非常階段をかけ上がってくる音が幾重にも響いた。

「歪みを消せばあいつらも大人しくなるはずよ。でもここでの歪みを消す方法がブチの案の他に思い浮かばないし、ブチは利き手をやられてて、パパと私じゃとても能力が足りないわ。この中で一番成功する可能性があるのはデルタ、あなたよ。でもそのデルタが出来ないっていうなら、歪みを消す方法はないじゃない」

姫は腫れた顔で不器用に微笑んだ。

「それに、もう背を向ける自分は嫌なの」

パパは必死に扉に体当たりしながら叫んだ。

「失敗しても責めはしない! やるだけやるんだデルタ!」

「そんなこと言ったって! 僕は落ちこぼれだったんだ! 失敗するのは目に見えてる!」

僕はパパの隣に行って一緒に扉に体当たりした。しかし、鉄の扉はびくともしない。

「デルタ、俺のことを頭がいいと言ったよね」

ブチは砂袋を開けて階段にばらまくよう姫に指示しながら言った。

「俺の行ってる大学が有名でも決して俺は優等生じゃない。さらに言えば世界的にはうちの大学のレベルも平々凡々だろうよ。俺はこのスプレーを作ったが、頭のいい奴だったらもっと早く歪みに対抗できる方法を見つけ出せたかもしれない。でも、そいつらは歪みが見えない。見えたのは俺で、俺が絞り出したのがこれだ。これが最善だったんだ」

砂袋の中からは白い粉のようなものが出てきて、何人かの不良が足を滑らせ転げ落ちたようだ。いてぇとかこらぁとか怒号が聞こえてきた。

「デルタ、今の最善は何!?」

今の最善は……僕の最善は……!

僕はブチから鉄パイプを奪い取り、蓋を開けて盛大に打ち上げた。

当たれ! 当たれ! 当たれ! これからの僕の人生に何もいいことがなくても構わない! 当たってくれ!



関連記事



【リセット(33)】へ  【リセット(35)】へ

~ Comment ~

NoTitle

2話上がってて歓喜ヽ(=´▽`=)ノ
デルタの男気をみました!!
そして、いいですね、ブチ。
己をわかっている+選択する覚悟を持ってるなんて、旦那向きですわ。

ド素人の草津でも、バッティングセンターでホームラン打てたことあるもの、大丈夫!!
デルタ、行けーーーっ!!

ってな気分で盛り上がりましたw
さあ、当たるのか当たらないのか。
ジリジリと次回をお待ちしておりますっ

草津輝夜 様

ブチはしっかりしてますね。まだ若いのに……。きっと今年の結婚したい男ランキングでトップ10に入ると思います!(おい
草津さんホームラン打たれましたか! スゴいです! 私はほとんどファールになってホームラン打ったことないです(--;)

デルタ、行けーー! 月まで飛んでけーー!

飛んでけ!

まさかの原因がそんな空高くに!!!
これはもうデルタにしっかりあててもらわないと!
そして姫がかっこ良すぎて惚れそうです。
可愛い女の子がスパナ構えるなんてギャップ萌えですね(違

しっかり月まで届くことを願って!続きを待ちます!

Nicola 様

考えてみたら私の書く話は女が強い(笑)
是非姫に惚れてあげてください♪デルタよりnicolaさんの方がいいと姫も申しております(爆)

デルタの正念場です! 当たるかなーー当たるといいなーー。
続きお楽しみに(^-^)

NoTitle

とりあえず緊迫した場面なのに激しく笑ってしまいました!!
どこかそういう所があるのがこのリミットのいいところですね♪
ブチとの大気の密度の差、つまりの後だけ、バカなのか?。そんなところで思わずブクククと(笑)。
緊迫してるからこそでしょうか?笑えて笑えて・・・。(しつこいって)

そして、いよいよ!!デルタ君の最大見せ場!!
男を見せなはれ!頑張れ!デルタ君♪
ああ、お腹が痛かった・・・。(あれ、なんか違う?)
  • #344 ぐりーんすぷらうと 
  • URL 
  • 2013.11/27 14:00 
  •  ▲EntryTop 

ぐりーんすぷらうと 様

いつもありがとうございます!

笑ってもらえて良かった(笑)ついついやってしまうんですよね、緊迫したとこでのおふざけ(^-^;
でも、ぐりーんすぷらうとさんが反応してくれるので嬉しいです(笑)
毎回言ってほしいこと言ってくれるというか、いや、なんかもう、ありがとうございます(笑)

デルタやっと主人公らしくなってきましたよ(笑)
頑張れデルタ!笑いに負けるな!(えっ

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

鍵コメK 様

デルタ、脱ヘタレ…!になるかな(^-^;
ブチの台詞に感心してもらえて嬉しいです!(^-^)
自分の能力を過剰評価も過小評価もしないでありのままを受けとめた上で、なおも前に進むことは難しいですよね…。私もブチのような客観性と強さが欲しい。

歪みの原因は町の情勢の変化ってことにしてます。もっと断定的に書けば良かったかな(^-^;

たくさん読んでいただいてありがとうございます!
長編はなかなかハードルが高いですよね…。この話も途中でお見かけしなくなった方が何人かいらっしゃいます。私の力不足ゆえかと思っています…。

優しいお言葉ありがとうございます!
スランプに陥り(毎回スランプですが)フラフラしておりました。
こういうときはアドバイスどおり好きなことして休むことにします♪
そちらにもまた顔を出しますね(^-^)
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【リセット(33)】へ
  • 【リセット(35)】へ